19世紀の米国での主な死因は、伝染病(結核、腸チフス、肺炎ほか)で、実は3大生活習慣病(がん、脳血管疾患、心臓病)はほとんどありませんでした。
ところが20世紀に入り、肉や乳製品の需要が高まると共に、3大生活習慣病が増えていきました。
Protein
たんぱく質のProteinとは、欧州諸国語ですが、19世紀のオランダの化学者、ジュラルダス・ヨハネス・マルダーが「最初の」「第一の」を意味するギリシア語を当てはめてつくった新語です。生命体にとって、他の何よりも最も重要な物質であるということを強調しました。
また、19世紀後半には、窒素平衡の概念(ブッサンゴー)、三大栄養素の概念(プラウト)、脂質とでんぷんは熱量素、たんぱく質は体形成約質とし(リービッヒ)など、ヨーロッパで栄養学の基礎が大きく作られていった時期でもありました。
当時、一番注目されていたのが、このたんぱく質で、体重の40%も占めるたんぱく質をとることが健康の鍵と賞賛されました。
肉はたくさん食べなさい!
フォイトは「窒素平衡」「エネルギー代謝」「栄養素の摂取必要量」を示した人でもあり、「近代栄養学の父」と呼ばれ、たくさんの弟子を育て、かなりカリスマ性の高い人でした。
「良いものはいくら摂っていいのだから、肉の摂りすぎも悪いことではない」、さらに「炭水化物は栄養が乏しいため、摂取を控えるべき」と提言。フォイトの影響力はすさまじく、何の検証もされないまま「肉食」は推奨され、「炭水化物」を軽視する価値観が広まっていきました。
実はフォイトは、はじめ、たんぱく質摂取量を48.5gであるといっていて、自分自身はそのような食生活をしていたことをこっそりと隠していたということがわかっています。
動物性しか有り得ないたんぱく質量
また、フォイトの弟子である米国人のアトウォーター(1844~1932)は帰国すると、米国農務省の栄養研究所長やウェズリアン大学の教授となり三大栄養素の熱量を提唱しました。そのような功績を残すほど影響力のあるひとになったのでしたが、これもまた根拠もなく、当然のように「一日125gもの動物性たんぱく質を摂るように」といったのです。みな、これを信じ、欧米諸国は益々肉食生活を定着させていくことになります。
後に必須アミノ酸の数は何十もあり、順位性はなく、その全てが重要であるということが分かってくるのですが、とにかく「たんぱく質が最重要」という科学的根拠のない間違った考え方が、数名の影響力のある人たちによって、植えつけられることとなったのです。
もし、本当にアトウォーターがいうように125gも摂らなくてはいけないことになると、植物性食品のように、たんぱく質含有量の低いものでは難しくなります。例えば、植物性の中でたんぱく質含有量や利用効率が最も高い大豆だけで、2500㎉の食事を摂ったとき、摂取可能なたんぱく質量は1日31gです。また、玄米だけだと31g、白米だけなら25gにしかなりません。さらに大豆と玄米の欠陥を補い合う最高の必須アミノ酸組成の食べ方をした時(2:1)を考えたとしても、93gです。通常の食事は、それに野菜や果物などが組み合わされるので、カロリー枠内で摂取できるたんぱく質量というのはもっと少なくなります。
必然的にその125gという数値は、たんぱく質含有量も利用効率も高い動物性食品中心の食事でなければ成り立たないことになります。
国際的基準
1941年米国の学術研究会議は、タンパク質のRDA(一日当たりの摂取勧告量)をそれまでの勧告量よりはるかに低い、成人男子が70g、成人女性が60gであるとを発表しました。
さらに1963年国連の食糧農業機関(FAO)と世界保健機構(WHO)の合同委員会は、たんぱく質の必要量の討議を行い、1965年には従来よりもはるかに少ない男女ともに体重1キロ当たり0.71gであると発表しました。
例えば、体重65キロの成人男性で約46g、50㎏の成人女性で36gということになります。それに伴いアメリカも、1980年にRDAを成人男性56g、成人女性44gと改めています。
この発表は、健康的な食事を探究し始めた栄養学者たちに、明るい兆しをみせることになりました。この勧告量ならば、植物性食品だけでも十分摂取することが出来ます。栄養学者たちは、世界の長寿国や伝統的な食事をしている人たちが、穀類と豆類で互いに必須アミノ酸組成の欠乏を埋め合う比率の食事をしていることを知っていたからです。
それでも止まらない肉食過剰
しかし、たんぱく質は、それ程多く必要ないことがわかってからも、欧米人が肉食中心の食事を変えることはありませんでした。1950年以降1980年まで一日平均で、勧告量の2倍の100gを超えるたんぱく質を摂取していました。
もちろん、こんな量は動物性食品中心の食事でなければ摂ることはできません。たんぱく質の過剰摂取は、ビタミンB群のように簡単に排出できるものとは違い、様々な機能に負担をかけることとなります。いくら豆腐好きであっても、魚好きであっても、食欲に応じてコントロールされ、それ程過剰にとることは難しいものですが、肉の場合はいくらでも、過剰に食べることができてしまいます。ですから、カロリー計算などでセーブする必要が出来てきたわけです。
タンパク質を減らすと免疫力が上がる
安保徹氏(元新潟大学医学部教授)の「タンパク質を減らすと免疫力が上がる」という研究は大変参考になります。ねずみをマラリアに感染させて、たんぱく質量の違う餌を与え、経過をみました。
- たんぱく質量0:マラリアによる寄生虫血症もほとんど起こらないが10日で死亡
- たんぱく質量5%:14日で死亡
- たんぱく質量12.5%:25日で死亡
- たんぱく質量25%:わずか5日で死亡。マラリア感染も急増。
たんぱく質量が多いネズミは免疫力が低く、最も早く死亡し、たんぱく質があまりに少ない場合は栄養失調で死亡しやすいということが分かりました。最適なたんぱく質の割合を見つけることが最も長生きのコツであることがこの実験ではわかると思います。
日本での欧米食化
日本では戦後、東京オリンピックの時にのコマーシャルの「たんぱく質が足りないよ」というフレーズが大流行して、人々の頭に「たんぱく質はたくさん摂らなくてはいけない」とインプットさせられました。そして、現代「肉や乳・乳製品」の摂取が増加し、「炭水化物や魚」が減少し、完全に欧米食化しています。そして、それに伴い3大生活習慣病も増加していきました。
米国のたんぱく質の一日当たりの摂取勧告は1980年には成人男性56g、成人女性44gとされましたが、日本では2015年に厚生労働省が定めた基準によるとアメリカよりも多い基準で成人男性60g、成人女性50gとなっています。日本人はアメリカ人より小柄であるし、酵素を阻害しないようにするためにも男女ともに35~42gくらいで望ましいと「食物養生大全」の中で鶴見隆史先生は提言されています。